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会長の部屋

うべっぽイラスト

【活動日記】
 先日、山口県内の市町社協トップミーティングに参加しました。県内各地から、会長や局長クラスの方々が参集され、とても有意義な時間を過ごすことができました。出てくる課題は共通するも、皆さんの話の中から、社協の本質や役割は何なのだろうか?と考える機会となりました。
 その中で、長門市や下関市で既に進んでいる地域協議会は本質的なものだろうと思っています。この件は宇部市内の社会福祉法人の方々からも、まとめ役(事務局機能)としての社協に強い期待が出されていますので、本会としても取組んでゆく方向性です。現在、社会福祉法人は地域での公益活動(利益の還元)を求められています。この活動をより有意義なものにするには、当該法人の方々が共に協議し、地域課題を解決してゆくのが良策です。地域協議会とはそのような役割を果たすものです。
 福祉が進んできている宇部市ですが、課題はまだまだありますし、終わりのないものだろうと理解しています。本会がそのまとめ役としての機能を担い、より良い宇部、そして、誰もが自分らしく暮らせる宇部となるように頑張れればと思います。

 会長就任から2か月が過ぎ感じていることは、職員たちの頑張りです。それにしっかりと応えられるように、私なりの舵取りをしてゆきたいと思っています。
 多くの市民の方々が気楽に集い、共に創る地域福祉の拠点としてあり続けたい、その為にも施設整備や環境改善も並行して進めてゆく予定です。

  2017年8月25日  有田信二郎

☆「活動日記」過去の記事はこちら
会長の部屋 2017.8.4
会長の部屋 2017.7.18


【随想録】
<海外生活の思い出(はじめに)>
 私は、27歳の頃から50歳までの24年間、プラントエンジニアとして、色々な国々を訪れ、長期滞在した所もある。担当したのはセメントプラントが主であり、簡単に言えば、セメント工場を世界各地に建設するというもの。注文を受けてから完成するまでの期間は3年くらいである。プラントエンジニアは、お客との折衝・打合⇒設計⇒機材調達⇒建設⇒試運転⇒引渡というすべてのアクティビティをこなすもので、技術屋としてはとても面白い仕事であった。記憶に残っている国々は、アラブ首長国連邦、パキスタン、タイ、インドネシア、ベトナム、サウジアラビア、そして短期出張ベースで訪れたドイツ、イタリア、フランス、スウェーデン、エジプト、韓国、台湾、それから中東諸国への中継地として頻繁に利用した香港、懐かしい国々である。

 22歳で宇部興産に入社し、機械部門に配属となったが、4年半後、突然プラント事業部への異動となった。仕事では英語が必須であったが、とても使えるレベルではなく、「どうしよう」と戸惑いがあったことを鮮明に覚えている。また、その頃(1977年)はまだまだ海外に行くということが特別な時代であったので、今からみれば"一大決心"という感があった。1979年に初めて出国したのだが、ちょっと大げさだが"悲壮な覚悟で・・・"だったように思う。

 色々な苦労やつらい事も多くあったが、今となれば、それらも含めてすべてが良き思い出となっている。これから、思い出ばなしを時々アップしてみようと思う。

  2017年9月1日  有田信二郎